やはり現代版魔女裁判はネットで発生したわけでtwitterの恐怖を考えたい

絞首台と化しそうだったTwitter

しかし今日では、イギリスでもその原則は揺らいでいる。ソーシャルメディアがあるおかげで、裁判開始の前はおろか逮捕前でも、誰かを重大犯罪で名指しで告発することが、誰にでもできる。従来は、逮捕前に嫌疑が報道されることはなかった。

そして名指しが行われると、裁判の始まる前に判決が決まってしまう。被疑者が無罪か有罪かとは関係なく、彼らは終身刑を言い渡される。会社に就職しようと思っても、誰かと友だちになりたいと思っても、相手がその名前をGoogleで検索したとたん、犯罪の嫌疑が分かってしまう。それは、一生涯つきまとう。実際の刑期はなくても、嫌疑が有罪と同じ罰を貼り付ける。一生涯、職に就けない、友だちができない、社会の除(の)け者になってしまうという罰だ。インターネットは、嘘の嫌疑で誰かの一生を台無しにしてしまうための、恰好の手段だ。それがまったく嘘であっても、いったん告発や嫌疑をかけられた者は、有罪者と同じく破滅の人生を歩むことになりがちなのだ。

パーソナルな情報をネットで共有する危険性が分かっているのに、なぜか実名制にしたがる人がいるわけで。人が人を裁く責任をネットは軽減したように見せてしまう。
これは考えるべき問題だ。